はじめに
本投稿では、ショートショート 第26作 「創作詩 ”鯨の親子” 」を発表します。
2023年3月1日に投稿した掌編小説 長い坂の先に立つ病院の一場面を抽出して、詩に紡ぎました。隔離病棟に入院している妻を見舞った男が偶然に目にした「11歳の患者が描いた鯨の絵」をモチーフにして、本筋はそのままで場面描写のみを少し改変しています。
《創作ショートショートのテーマ》
辛い毎日から逃れるために、思考と感情のバランス調整の一環として詩や掌編小説(ショートショート)の創作を始めました。
「発達障害児の世界」と「健常の大人の世界」とが不連続に交錯融い合する「奇妙で切ない不条理の世界」が主題です。具体的には、発達障害者・精神障害者・生きづらさを感じている人々・世の中の偏見や差別に苦しんでいる人々が登場する物語です。
携帯電話の画面で詩をご覧の方は、携帯電話を横向きにしていただくと詩の各文が改行しませんので、より読みやすくなります。できましたら、パソコンの画面でご覧ください。各連および各行のレイアウトの美しさを味わうことができます。
本編:白鯨の親子
目はうつろで、
廃人のようでもあり、
観音様のようでもあり、
妻は不自然に物静かであった。
妻とポツリポツリと会話を交わしたように思うが、
話の中身はおぼろげで無意識のうちに蒸発した。
分厚い二重扉が間髪入れずに順次自動開閉し、
私は押し出されるように隔離病棟を出た。
なんとなく来た道とは違うような気がしつつも、
成り行きに廊下を進むと曲がり角付近で、
燻んだ壁に貼られた絵が目に入った。
患者が描いた水彩画のようだ。
なにやら群青の背景に大小のナマコ様物体が二つ、
八つ切り画用紙の下にラベルが付いていた。
[かみかわ とおる 11さい]
[くじらのおやこ]
2匹の鯨らしきシルエットはデコボコに歪められ、
脂肪の塊がふわふわと海中を漂っているような、
碧空に羊雲がぷかぷかと浮いているような、
モビィディック2のごとく白かった。
突然、私の横を3人の看護師が猛然と走り抜けた。
その瞬間、絵の中の諸々が動き始めた。
鯨たちは徐々に海水と融合して、
跡形もなく消滅した。
廊下を突き進むと心療内科の待合室に出くわした。
診察時間はとうに過ぎているはずなのに、
まだ数人の患者が応診を待っていた。
彼らはマネキンであった。
私は誤って隣接する別の病棟に迷い込んだようだ。
待合室を横切ると超長い廊下があった。
その先に薄らと出入り口が見えた。
私は逃げるように外に出た。
すっかり雨過晴天、
眼下に熊頭駅1が見える。
駅舎の背後に広がる黄色い海、
私は沈みゆく四角い茜陽3に恍惚とした。
おわり
【脚注】
1:熊頭駅・・・架空の駅名(同著者の掌編小説「長い坂の上の病院」に登場する病院の最寄駅で、「くまずえき」と読む)
2:モビィディック・・・ハーマン・メルヴィルの長編小説「白鯨 」に登場するマッコウクジラの愛称(Moby-Dick)
3:茜陽・・・夕焼け(西陽が輝く赤色の空を表現した造語で、「あかねび」と読む)
参考情報
●【まとめ記事】その他のショートショート(詩または掌編小説)
●【まとめ記事】マメタ家の紹介と近況報告
●【投稿記事】妻(うつ病)はテレビの韓国ドラマが大好き! 2022年1月22日 投稿
●【投稿記事】掌編小説:長い坂の先に立つ病院(そこは異界の入り口だった・・・)2023年3月1日 投稿
●【投稿記事】創作詩:鉄格子の窓から見た光景(精神病院での妻との会話)2024年9月10日 投稿
以上
2024年10月14日
香月 融