家族へのキャリア支援

米津玄師さんの歌詞「カナリヤ」を読み解く! 発達障害児を支える両親の夫婦関係とは?

はじめに

 発達障害児にとって両親は最大の支援者です。両親の夫婦関係は発達障害児の発育に大きな影響を与えると考えています。

 それではどのような夫婦関係が望ましいのでしょうか? これは非常に難しい課題であり、正解がないのかもしれません。少なくとも「普遍的に役立つようなお手本」はおそらくないでしょう。

 実は、私自身も発達障害の2人の子供(注意欠如多動症・自閉症スペクトラム障害)の支援をする一方で、妻との関係性をどのように築くかということに苦心してきたように思います。そして、今もなお試行錯誤を続けている途上です。

 その間、子供たちも成長し、病状や環境も大きく変化しました。また、いろいろな経験を通じて、私と妻も人間性や考え方が随分と変化したと思います。

マメタ父さん
マメタ父さん
もちろん、変わらない部分もあります。

 妻は子供たちの発達障害にともなう二次障害への対応で悩み、うつ病を発症しました。また、私も精神的にギリギリまで追い込まれたことが何度があります。激しい夫婦喧嘩もありましたし、離婚の話し合いをしたこともありました。

 こんな機能不全の家族でもなんとかやってこれたのは、「先が見えない辛い毎日の中でも何か信じれるものがあったから」としか言いようがありません。

マメタ父さん
マメタ父さん
この先はどうなるか分かりませんが・・・

 そんなとき、たまたま私は米津玄師さんが歌う ”カナリヤ” をYouTubeで見ました。

 その歌を聴いていると、崩壊寸前まで追い込まれた我が家の当時がリアルに蘇ってきました。

 本記事では、「機能不全に陥った発達障害者家族における夫婦の物語」として ”カナリヤ” の歌詞を読み解いてみたいと思います。

 
 本記事の【結論要約】は次のとおりです。

● 我が子が発達障害であることを受容するとき、「これまでの生活とこれからの生活が質的に異なるものになるんだ」という ”親としての覚悟” が必要です。

● 発達障害児に罪はありませんが、現実問題として「家庭の機能不全」が起こることがあります。その時こそ、親夫婦の真価が問われます。

● 「家庭の機能不全」に対して答えを見つけようと試行錯誤しても、それは風を追いかけるようなもので掴むことはできませんが、その先に何かがあると信じよう。


 本記事で紹介する商品情報(音楽CD/DVD・映画DVD・書籍)は次のとおりです。

米津玄師(歌手・シンガーソングライター)
・CD+DVD「STRAP SHEEP」米津玄師=著
・CD+DVD「Pale Blue」米津玄師=著 (”カナリヤ MV” 収録)

是枝裕和(映画監督・脚本家,早稲田大学/基幹理工学部/表現工学科/教授,立命館大学/産業社会学部/客員教授)
・DVD「誰も知らない」是枝裕和=監督・脚本・編集

ボブ・ディラン(米国ミュージシャン・ノーベル文学賞受賞の作詞家)
・「The Lyrics 1961 – 1973」ボブ・ディラン=著

米津玄師さんの名曲 ”カナリヤ” に描かれた「家族の機能不全」

 シンガーソングライターの米津玄師さんの名曲「カナリヤ」は、2020年8月5日にリリースされたアルバム「STRAY SHEEP」に納められた最後の曲です。この作品はコロナ禍で制作されました。
 米津さんが「混沌とした社会状況の中で、自分がどういったものを作るべきか」を考えなければならなかったことがアルバムのテーマのひとつとなっているとのことです。

CD+DVD「STRAP SHEEP」米津玄師=著 ジャケット表紙+CD/DVD の画
像
CD+DVD「STRAP SHEEP」米津玄師1=著 ジャケット表紙+CD/DVD の画

 ”カナリヤ”の歌詞は次のとおりです。米津さんが運営するYouTubeチャンネルに掲載のミュージックビデオより引用して歌詞を書き起こしました。

【カナリヤ】

ありふれた毎日が 懐かしくなるほど
くすぶり沈む夜に揺れる
花を見つめていた
人いきれの中を あなたと歩いたこと
振り向きざまに笑う顔を
何故か思い出した

カナリヤが鳴きだす四月末の
誰もが忘れていくプロムナード
あなたの指先が震えていることを
覚えていたいと思う

いいよ あなたとなら いいよ
二度とこの場所には帰れないとしても
あなたとなら いいよ
歩いていこう 最後まで

転げ落ちて割れた グラスを拾うあなた
その瞳には涙が浮かぶ
何も言わないまま

カナリヤが消えていく五月の末の
木の葉が響き合う湖畔の隅っこ
あなたを何より支えていたいと
強く 強く 思う

いいよ あなただから いいよ
誰も二人のことを見つけないとしても
あなただから いいよ
はためく風の呼ぶ方へ

あなたも わたしも 変わってしまうでしょう
時には諍い 傷つけ合うでしょう
見失うそのたびに恋をして
確かめ合いたい

いいよ あなたとなら いいよ
もしも最後に何もなくても
いいよ
いいよ あなただから いいよ
誰も二人のことを見つけないとしても
あなただから いいよ
歩いていこう 最後まで
はためく風の呼ぶ方へ

引用元: YouTube 米津玄師 MV「カナリヤ」米津玄師=作詞・作曲 是枝裕和=監督
米津玄師「カナリア」の2:42 の映像のスクリーンショット
米津玄師「カナリヤ」の2:42 の映像のスクリーンショット

 さて、米津さんはこの曲のミュージックビデオの制作を是枝裕和さん(映画「誰も知らない」の監督)に頼んだそうです。
 その背景について、米津さんは是枝さんとの対談の中で次のように語っています。

【米津玄師さんのコメント

制作期間中はずっと外出が全然できない期間であって、きっかけを全然覚えていないんですけど、是枝さんの映画「誰も知らない」をなんとなく見始めたんですよね。

なんとなく見始めると、そこには市井の人間の息遣いみたいなものが、すごく生々しく描かれていて、ある種のあういう映画の題材の一つでもある「家庭の機能不全」というか、そういうものを目の当たりにしたときになんかしっくりくるものが自分の中であって・・・

自分は散歩とかするのがすごく好きで、街を歩きながら誰が住んでいるのかわからない家の様子を傍目で眺めるというのがとても好きなんですけど、そういう時に表層的なものではあるけれど透けて見えるものがある。

例えば窓越しに熊のぬいぐるみが置いてあったりだとか、それは「たぶん熊のぬいぐるみが好きな子がいるのかな」とか、その家に何日間も洗濯物が干しっぱなしになっているとか、「この家庭はなんらかの機能不全を抱えているんだろうな」という本当になんのこともない日常というものを垣間見る。

それによって自分の人生が浮き彫りになっていくという、そういうことが自分の生活の一部になっていて、そこで感じるものと是枝さんの映画を見ていて感じるものが個人的には近しいものがあって、なんかこう、そういう意味でのこう、今、ウィルスによっていろんなものが隔てられていって、当たり前だったものが機能しなくなっていく、目に見えて機能しなくなっていくものを自分は音楽にしなければならない

そうなったときに、是枝さんの映画「誰も知らない」というのはそこと親和性があって、もし仮にこの曲で映像を作るんだったら、「是枝さんに頼んだらいいものになるんだろうな」くらいに考えていて、ダメもとでオファーをしてみたら受けてもらえるということになって、非常に嬉しかったですね。

引用元: YouTube「米津玄師 × 是枝裕和 / カナリヤ対談」米津玄師
米津玄師さんと是枝裕和さんのYouTube対談のスクリーンショット
米津玄師さんと是枝裕和さんのYouTube対談のスクリーンショット

 一方、カナリヤのミュージックビデオの制作を引き受けた是枝さんは、カナリヤの歌詞をどのように解釈したかについて、次のように述べています。

【是枝裕和さんのコメント】

「このミュージックビデオがこの曲自体を肯定してくれたような気がする」と言っていただいて「よかったな」と思ったんだけど、僕が曲(カナリヤ)を聴いたときに感じたのは、肯定感だった。

こういう世界であれ、隔てられた人々であれ、決して悲観的にならないところって言うんですか、その先に必ずある何かっていうものに少し下を向いている顔をふと空に向けるぐらいな、本当に些細なものかもしれないけど、でもそういう力に満ちている歌だと思ったので、そこにたどり着くような人の営みをカナリヤが見ているというと言い過ぎかもしれないんだけど、でもそういう形で描けたらいいなと思いました。

なんか抽象的な言い方になるけど、好きな曲ってのは、どこかしら願いがあったり、祈りだったり、そういうものが感じられるものが、やっぱり緊張していた心がふっと解けるという瞬間があるし、米津さんの曲はそういうところがあるなっていう気がするし、風景なんかのの曲が多いよね。

なんとなく、今、米津さんから「歩くのが好きだ、散歩するのが好きだ」と聞いて、「あっ、なるほど」とちょっと思ったんだけど、「灰色と青」(米津さんの曲)なんかもそうなんだけど、これはもしかしら外で作っている曲なんじゃないかという気がしたんですよね。

なんかそういう曲の中にちゃんと風が吹いているという感じというのが、あの歌は感じられて、とても好きだったんですよね。今回の曲もそういう気持ちで受け取りました。

引用元: YouTube「米津玄師 × 是枝裕和 / カナリヤ対談」米津玄師

映画「誰も知らない」とは?

 ちなみに、米津さんが”カナリヤ”のミュージックビデオ の制作を是枝さんに依頼するきっかけとなった映画「誰も知らない」の詳細は次のとおりです。

映画「誰も知らない」は、1988年に発生した巣鴨子供置き去り事件を題材として、是枝裕和監督が15年の構想の末に映像化した作品である。母の失踪後、過酷な状況の中で幼い弟妹の面倒を見る長男の姿を通じ、家族や周辺の社会のあり方を問いかけた。

主演の柳楽優弥が2004年度の第57回カンヌ国際映画祭にて史上最年少および日本人として初めての最優秀主演男優賞を獲得したことで、大きな話題を呼んだ。2004年度の日本映画のうち、高い評価を得た作品の1つである。

引用元: wikipedia「誰も知らない」より抜粋

DVD2枚「誰も知らない」是枝裕和2=監督・脚本・編集  ケース+DVD2枚+パンフの画像
DVD2枚 映画「誰も知らない」是枝裕和2=監督・脚本・編集 ケース+DVD2枚+パンフの画像
マメタ父さん
マメタ父さん
「映像全体に立ち込める無機質な灰色感」が切なく哀しい! 「家庭の機能不全と世間の無関心」に対して、ぶつけようがない怒りがこみ上げてきます。主人公の家族とは赤の他人である紗希(主人公の友人役)の共犯が唯一の救いです。発達障害者家族の皆さんに是非とも観てほしい作品です。

発達障害者家族にとっての ”カナリヤ” とは?

 私はこの歌に何度も勇気づけられました。その理由は、「幼少の頃から他の子供たちと同じようにできなかった我が子がついに発達障害児と診断されたときの親の心理と鮮やかまでに重なるからです。

 もしかすると、私は米津さんがこのカナリヤの歌詞に込めた意図を個人的にちょっと歪曲して解釈しているかもしれません。それでも、勝手ながら、ただただ癒されるのです。

ありふれた毎日が 懐かしくなるほど
くすぶり沈む夜に揺れる
花を見つめていた
人いきれの中を あなたと歩いたこと
振り向きざまに笑う顔
何故か思い出した

引用元: 米津玄師=作詞・作曲 ”カナリヤ” より歌詞の一部を抜粋

 息子が小学校に馴染めず癇癪や脱走などのトラブルが始まったのが8歳、そして発達障害(ADHD+ASD)の診断を受けたのは9歳(小学4年生)のときでした。
 そして、普通級から特別支援学級に転学します。ある程度は覚悟していたものの、私も妻もかなりショックでした。

 息子は7歳くらいまではやや問題行動はあったものの特段のトラブルはなく、家族全員が幸せな毎日でした。
 それを思うと、カナリヤの冒頭歌詞のような風景、「ありふれた毎日」「賑やかな公園で妻と二人で歩いた並木道」「家族みんなの笑う顔」など当時の思い出がしんみりと懐かしく感じられます。

カナリヤが鳴きだす四月末の
誰もが忘れていくプロムナード
あなたの指先が震えていることを
覚えていたいと思う

引用元: 米津玄師=作詞・作曲 ”カナリヤ” より歌詞の一部を抜粋

 さて、ここで初めて歌詞の中に ”カナリヤ” が登場します。このカナリヤは何を意味しているのでしょうか?

 wikipedia によると、カナリヤはアトリ科に分類される小鳥で、ひ弱な鳥というイメージがあるとのことです。

 ”カナリヤ”というフレーズに続く歌詞「忘れていく」「指先が震えている」が喪失感や不安を表現していることから、文脈として”カナリヤ”は「変化を引き起こすもの」あるいは「何か不安を掻き立てるもの」と解釈することもできますが、逆に歌詞全体から見れば「遠くから見守ってくれる不思議な力」のようにも思えます。

 未熟な私には米津さんが ”カナリヤ” に込めた意図を十分に理解できませんが、おそらく「不安と希望」という2つの要素が入り混じっているような気がします。

 当時の私は、「発達障害の息子の将来に対する不安」と「障害が治ることはないが必ず道は開けるという希望」が交錯する中で、妻の哀しみも合わせて受け止めようとしていました。

赤ちゃんとカナリヤのイラスト:「福をもたらすカナリヤ」と「ゆりかごの赤ちゃん」=家族の幸せの象徴と子供に託す未来への希望

いいよ あなたとなら いいよ
二度とこの場所には帰れないとしても
あなたとなら いいよ
歩いていこう 最後まで

転げ落ちて割れた グラスを拾うあなた
その瞳には涙が浮かぶ
何も言わないまま

引用元: 米津玄師=作詞・作曲 ”カナリヤ” より歌詞の一部を抜粋

 私は「発達障害の特性は現代医学では治すことができない」「息子の幼少期のような幸せはもう来ないかもしれない」ということも理解していました。
 それでも、「互いに協力して、なんとか息子の成長を支援していこう」と妻を励ましました。
 私の当時の気持ちが、歌詞の「二度とこの場所には帰れないとしても」「歩いていこう 最後まで」に的確に反映されています。

 息子はADHD・ASD(注意欠如多動症・自閉症スペクトラム障害)にともなう二次障害を発症して、家庭内暴力が始まりました。フォークや包丁を持ち出したり、食器を割ったり、壁を蹴って穴を開けたり、床や扉を叩いてへこませたりしました。

 息子には罪はありません。そもそも、二次障害は発達障害そのものが原因ではなく、発達障害の特性を受け入れることができない家庭や学校の環境に原因があります。この時点で、すでに我が家は「家庭の機能不全」が始まっていたのだと思います。

 歌詞「転げ落ちて割れた グラスを拾うあなた その瞳には涙が浮かぶ」は、壊れた家中を掃除する妻の悲しみそのものです。

 そして、妻は子供の発達障害にともなうトラブル対応で悩み、適応障害となってうつ病を発症しました。私は妻を十分にサポートできなかったことを深く反省しています。

カナリヤが消えていく五月の末の
木の葉が響き合う湖畔の隅っこ
あなたを何より支えていたいと
強く 強く 思う

引用元: 米津玄師=作詞・作曲 ”カナリヤ” より歌詞の一部を抜粋

 「カナリヤが消えていく・・・強く思う」というこの節は、「あなたに対する私の覚悟」を表現しているのではないでしょうか?

 上述のとおり”カナリヤ”が不安の象徴であろうと、希望の象徴であろうとも、「私にできることは全力であなたを支えることなんだ!」という強い決意表明のように思えてなりません。

 当時の私を振り返ると、
「妻をサポートしつつ、二人で子供たちを支えていくんだ」と・・・
「自分にできることはそれしかないんだ」と・・・

 そんな気持ちでした。

 もちろん、くじけそうになることも何度もありました。
 妻は深刻な精神不安定になることがあります。
 妻と大喧嘩をしたこともあります。
 離婚の話し合いをしたこともあります。
 それでも、今日までなんとか持ち堪えてきました。

 そのリアルが、次の歌詞に刻み込まれています。

あなたも わたしも 変わってしまうでしょう
時には諍い 傷つけ合うでしょう
見失うそのたびに恋をして
確かめ合いたい

引用元: 米津玄師=作詞・作曲 ”カナリヤ” より歌詞の一部を抜粋

答えを求めて「はためく風の呼ぶ方へ」!

 結局のところ、発達障害者家族の夫婦の在り方に正解はないんだよね。
 それでも、夫婦は共に試行錯誤しながら、二人の関係を磨いていくしかないんだよね。
 時として、別居や離婚という形になったとしても、子供達のために親として互いに協力できることをコツコツやっていくしかないんだよね。

マメタ父さん
マメタ父さん
もちろん、片親が母性と父性の二役をやってもいいですよ。

誰も二人のことを見つけないとしても
あなただから いいよ
歩いていこう 最後まで
はためく風の呼ぶ方へ

引用元: 「カナリヤ」の歌詞から一部抜粋

 

 「歩いていこう 最後まで はためく風の呼ぶ方へ」という最後の一節は、私の心を揺さぶる最強フレーズです。

 「答えをどんなに求めても、それは風のごとく掴みようがないんだよ」と教えてくれているような気がします。

マメタ父さん
マメタ父さん
米津さんはまだ31歳という若さなのにこんな歌詞を書けるなんて・・・、私の勝手な推測ですが、きっと彼は「出口のないトンネルの中で、もがき苦しむような辛い経験」をしたんじゃないかな!

 私はこのフレーズを聴いたとき、米国シンガーソングライター ”ボブ・ディランさん” の名曲「風に吹かれて」のサビを思い出しました。彼もまた似たようなこと歌っています(👨詳細はこちら → 2022年1月 26日 投稿記事「発達障害者家族は正解がない問題にどう答えるべきか?」)。

The answer, my friend, is blowing in the wind
私の同胞よ、その答えは風と共に舞っている。
The answer is blowing in the wind
そして、その答えは風と共に通り過ぎていく。

英語原文抜粋の引用元:書籍「The Lyrics 1961 – 1973」 ボブ・ディラン=著 佐藤良明=訳 香月融=英語の歌詞の抜粋部分の日本語訳
単行本「The Lyrics 1961 - 1973」 ボブ・ディラン=著  本の表紙画像
単行本「The Lyrics 1961 – 1973」ボブ・ディラン3=著 本の表紙画像

 結局のところ、我が身を天に委ねることしかできないのかもしれません。

 言い換えれば、「パートナーとともに、この苦難を運命として引き受けよう」ということではないでしょうか?

 家庭の機能不全を解決するべき答えを見つけようと一生懸命に試行錯誤しても、それは風を追いかけるようなもので掴むことはできないが、その先に何かがあると信じよう!

参考情報のまとめ

●CD/DVDおよび書籍の紹介

:米津玄師(歌手・シンガーソングライター)
・CD+DVD「STRAP SHEEP」米津玄師=著
・CD+DVD「Pale Blue」米津玄師=著 (”カナリヤ MV” 収録)

CD2枚「Pale Blue」”カナリヤ MV” 収録  米津玄師=著  ジャケット表紙 +CDの画像
CD2枚「Pale Blue」”カナリヤ MV” 収録 米津玄師=著 ジャケット表紙 +CDの画像

:是枝裕和(映画監督・脚本家,早稲田大学/基幹理工学部/表現工学科/教授,立命館大学/産業社会学部/客員教授)
・DVD「誰も知らない」是枝裕和=監督・脚本・編集

:ボブ・ディラン(米国ミュージシャン・ノーベル文学賞受賞の作詞家)
・単行本「The Lyrics 1961 – 1973」ボブ・ディラン=著

●【投稿記事】 さだまさしさんの歌詞「道化師のソネット」を読み解く! 発達障害者家族の悲しみを笑いに転化するには?

●【まとめ記事】学校教育(特別支援)と家庭知育(習い事・資格)

●【まとめ記事】毎日が辛い当事者へ

●【まとめ記事】発達障害者の学歴とキャリアの成功事例

●【まとめ記事】発達障害に関する参考コンテンツ(書籍・動画・芸術・報道)

以上

2022年4月9日

マメタ父さん