ショートショート

創作怪談1 ”豆を頬張る少女”

はじめに

 本投稿では、シュートショート 第五作 ”豆を頬張る少女” を発表します。今回は、私が幼少期に祖母から聴いたお話を怪談風にアレンジしました。

 この物語では、三途の川を挟んで「此岸の故人(死後の世界)」と「彼岸の友人(現世)」との会話を通じて、70年前の忌まわしい事件の真相が明らかになっていきます。神社の裏で少女に何が起こったのか? 


《創作ショートショートのテーマ》 

 辛い毎日から逃れるために、思考と感情のバランス調整の一環として掌編小説(ショートショート)の創作を始めました。

 「発達障害児の世界」と「健常の大人の世界」とが不連続に交錯融合する「奇妙で切ない不条理の世界」が主題です。具体的には、発達障害者・精神障害者・生きづらさを感じている人々・世の中の偏見や差別に苦しんでいる人々が登場する物語です。

 およそ2,000文字から10,000文字の範囲で創作していますので、5−10分くらいで読めます。

本編:豆を頬張る少女

 私は、三年前に満七十七歳でこの世を去りました。ここ播磨の地で生まれ育ち、悪いこともしなかったけれど、特によいこともしなかった、平凡な人生でした。今は彼岸を彷徨いながら、私が生きた証をなにひとつ現世に残せなかったと、悔いる毎日でございます。

 生前は、自宅の裏から五十メートルほど先にある松風神社の掃除を日課としておりました。私の死後は、幼馴染の仙太郎が引き継いで神社全体の管理をしてくれていますから安心しております。今はもう無人の社となり、詣でる人も極稀でございます。

 戦後の間もないころ、この神社の境内には怪しげな森に囲まれた御社殿と広場があり、子供達の遊び場になっていました。秋になると豊穣を祝うお祭りで賑わっていました。
 ところが、東京オリンピックを契機に、播磨地区は大規模開発の波に呑まれていきました。わずか20年ほどの間に高層ビルや商業施設がいたるところに立ち並び、バブル期は播磨地区一番の繁華街となりました。
 九十年代に入るとバブル経済は崩壊し、暴落した土地の投げ売りや買いたたきが横行して、自殺者も十人や二十人どころではなかったようです。そんな激動の中、どういうわけか、この松風神社の境内は全く侵食されることなく、広大な白色人工物の中に緑一点のごとく存続しているのでございます。

 ある日のこと、私は仙太郎と三途の川を挟んで再会しました。そのとき、此岸花が咲き乱れる土手に立ち尽くした仙太郎は涙ながらに私にこう懇願したのです。

彼岸花が生茂る「三途の川」
三途の川辺に咲く彼岸花

 「来月に松風神社が取り壊されることになった。跡地には巨大な商業施設が建つらしい。俺は原因不明の病に侵され、もはや抵抗する力もない。いよいよ俺にもお迎えがきたようだ。おまえの霊力でなんとか神社を守ってほしい。」と。

 一瞬、私は絶句しましたが、かつてこの神社で起こった忌まわしい事件が脳裏にふつふつと湧き上がってきました。その話を仙太郎にしてあげたのです。


 ” 私が小学生だったころ、お前とこの神社で鬼ごっこをしてよく遊んだものだ。同じ学級に英子という女の子がいたことを憶えているか? そう、神社で遊んでいるときに豆をのどに詰まらせて死んじゃった子だよ。

 彼女は頭も良くて美人だったから、楊貴妃と呼ばれていたよな。でも、誰とも遊ぼうとしなかった。だから、いつも一人ぼっちだったよね。
 家がとてつもない大金持ちで、煎り豆を入れた巾着袋を持ってこの神社にもよく来ていたよ。いつも境内の右端にある石段にポツンと座って、時折おやつ代わりに手持ちの豆を口いっぱいに頬張っていた。
 でも、他の子らには決して恵んではくれなかったよな。不運にも、それが因果で死んじゃった。

 お前は知らないと思うが、英子の死体が発見されたのは神社の石段ではなく、境内の森の中なんだ。当時、俺たちは学校の先生や親から「境内の奥にある森には魔物が住んでいるから絶対に近づくな」と何度言われたか知れない。そんな怖い森の中へ英子が一人で入っていくわけがないだろう?

 あの日の夜遅くに、村長が突然やってきたんだ。障子越しに聞き耳を立てると、英子がまだ帰ってこないというじゃないか。そこで、うちの親父を筆頭に村の男たちで捜索することになった。英子はなかなか見つからず、ちょっとした騒ぎになったよな。
 そうこうしているうちに、県警本部から出動してきた捜索隊が森の中で英子の死体を発見した。死体の検証の結果、豆をのどに詰まらせたことが原因の窒息死ということになった。

 でも、本当はそうじゃない。俺は見たんだ、はっきりと。今、おまえだけに教えてやるよ。実は、俺もその日は神社で遊んでいた。日も暮れて帰ろうとしたとき、長い白髪の老婆が英子の手を引いて森の中に入っていくのを見たんだ。 
 どこからともなく風が吹いて、老婆の髪が舞い上がった一瞬、髪の間から一本の黒い角が見えたんだ。その老婆こそ、森の魔物だったんだよ。   

 この事件には後日談があるんだ。英子の親父は不動産業を営んでいて、強欲の塊みたいな人だったそうな。境内の土地を買収して宅地化すれば大儲けできると見込んで、村役場の出納係に裏工作をしようとしていた。それが森の魔物の怒りに触れたんだな、きっと。かくして、英子の死をきっかけに変な噂が広まって、結局のところ神社の買収話は消滅してしまったのさ。


 私は目力いっぱいに仙太郎を睨みつけました。
 「この松風神社が淘汰されることは決してない。なぜなら、境内の森に住む守り神がいるからだ。お前はまだまだ大丈夫だ。こっちに来るんじゃない!」と仙太郎を叱咤激励しました。
 仙太郎は、自ら諭すかのように首を縦に振りながら安堵の笑みを浮かべました。そして、彼岸花を優しく押し除けるように、来た道を引き返していきました。

 仙太郎は私の話を現世の孫たちに伝えてくれるに違いない。そして、行く末も彼らの子孫がこの逸話を伝承してくれることだろう。

 「これで、わしも少しだけ成仏できそうじゃ!」

終わり

参考情報

●【投稿記事】マメタ息子(ADHD)が5歳のときに創作した ”怪奇絵本”

●【まとめ記事】その他のショートショート(掌編小説)

2022年1月15日

香月 融